
「マレーシアと日本は何が違うのですか?」
そう聞かれたら、気候、言語、民族構成、価値観など、いろいろな違いが思い浮かびます。
私はマレーシアで生活し、現地の人たちと一緒に仕事をし、多くの友人にも恵まれました。
その中で感じたのは、単なる海外の違いではなく、人の考え方や物事の捉え方そのものが、日本とは少し違うということでした。
今回は、実際の体験を交えながら、マレーシアと日本の違いについて書いてみたいと思います。
■ 温度に対する感覚の違い
あるとき採用面接で、こんな質問をしたことがあります。
「40度のお湯と60度のお湯が同じ量あります。一つに混ぜると何度になりますか?」
日本人であれば、少し考えて「50度」と答える人が多いかもしれません。
ところがそのとき、ある応募者は堂々とこう答えました。
「100度になります」
最初はかなり驚きました。
ただ、その後に思ったのです。
マレーシアは年間を通しておおむね24度から33度くらいの気候で、日本のような厳しい冬も真夏の寒暖差もありません。
そのような環境で育つと、温度というものに対する日常感覚が、日本とはかなり違っていても不思議ではありません。
日本では「寒い」「暑い」が生活や記憶に深く入り込んでいますが、マレーシアではその重みが少し違うのだと感じました。
■ 季節がないと、記憶の仕方も変わる
日本で暮らしていた頃、物事を思い出すときには季節が大きな手がかりになっていました。
- あの頃は寒かった
- 桜が咲いていた
- とても暑かった
- 紅葉の時期だった
このように、季節が記憶の整理を助けてくれます。
ところがマレーシアでは、年間の日照時間差も大きくなく、気温もほぼ一定です。
そのため、確かにあった出来事なのに、
- いつ頃だったのか
- どちらが先だったのか
- 連続しない出来事をどう並べるか
が分かりにくくなることがありました。
これは意外でした。
季節がないというのは、単に過ごしやすいとか服装が楽というだけではなく、人の記憶の整理の仕方にまで影響するのだと思いました。
もっとも、暮らしていくうちに少しずつ感覚は変わっていきました。
ラマダン、ハリラヤ、チャイニーズニューイヤーなど、大きな行事が時間の目印になり、
「これはラマダンの前だった」「あれはハリラヤの後だった」と、出来事を結びつけられるようになりました。
日本では四季がカレンダーの役割を果たし、マレーシアでは宗教行事や文化行事が時間の節目になっていたのです。
■ 単一民族に近い日本、多民族国家マレーシア
日本は基本的に単一民族国家に近い社会です。
一方、マレーシアはマレー系、中華系、インド系を中心に、さまざまな人々が共に国家を形作っています。
共通語はマレーシア語ですが、それだけで社会が動いているわけではありません。
たとえば中華系同士でも、その人のルーツによって、
- 北京語
- 広東語
- 客家語
など、使う言葉が異なることがあります。
日本の感覚でいると、同じ「中国系」でひとくくりに考えてしまいそうですが、実際にはもっと細かく、背景や文化が異なっています。
また、なかなか日本人には理解しづらいものとして、ブミプトラ政策もあります。
歴史や国家運営の事情があるとはいえ、日本の感覚だけでは簡単に割り切れない政策であり、多民族国家ならではの複雑さを感じる部分でもあります。
さらに、東マレーシアのあるボルネオ島には、マレーシア、ブルネイ、インドネシアが共存しています。
地図で見るだけでは分からない、歴史や民族、宗教、政治が重なり合った地域であることを知ると、「国」というものの見え方も少し変わってきます。
■ フレンドリーで家族思いのマレーシア人
いろいろな違いを書いてきましたが、私にとって一番印象に残っているのは、やはり人です。
マレーシア人はとてもフレンドリーで、家族を大切にする人が多いと感じました。
もちろん人それぞれですし、国民性をひとまとめにすることはできません。
それでも、日々の生活や仕事の中で、人との距離感の近さや、家族への思いの強さを感じる場面はたくさんありました。
そんなマレーシア人たちと共に仕事をし、生活をし、多くの友人に恵まれたことは、私にとって生涯の宝です。
海外で得られるものは、知識や経験だけではありません。
人との出会いそのものが、自分の考え方を広げてくれるのだと思います。
■ 違いを知ると、自分の当たり前も見えてくる
海外に住むと、相手の国の違いに驚くことが多くあります。
しかし本当は、そこで初めて見えてくるのは「自分が当たり前だと思っていたこと」なのかもしれません。
気候、季節感、言語、民族構成、社会制度。
そうした違いを通して、自分自身の価値観や思考の癖にも気づかされます。
マレーシアと日本の違いを考えることは、単なる比較ではなく、人間は環境によってどのように物事を見ているのかを考えることでもあるように思います。
■ まとめ
マレーシアと日本の違いは、気候や文化の違いだけではありません。
そこには、
- 温度感覚の違い
- 記憶の整理の仕方の違い
- 民族や言語の重なり方の違い
- 人との距離感の違い
など、日常や思考に関わる多くの違いがあります。
そしてそうした違いを知ることで、自分の中の「当たり前」もまた見えてきます。
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では、人間の考え方そのものは、何によって形作られているのでしょうか。
この記事が、どこかで「ためになるかもしれない」と思っていただけたら嬉しいです。




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