
以前、「5現主義とは何か|AI時代だからこそ現場・現物・現人が重要になる理由」という記事を書きました。
私が考える5現主義とは、次の5つです。
- 現場 ― 実際に問題が起きている場所へ行く
- 現物 ― 問題になっているものを自分の目で確認する
- 現実 ― 報告や思い込みではなく、実際に起きている事実を見る
- 現時 ― 問題が起きた瞬間にできるだけ近づく
- 現人 ― 最も現実に近い人から直接話を聞く
なぜ私が「現時」と「現人」まで含めて考えるようになったのか。
その理由の一つになったのが、2009年から2012年頃、マレーシアに赴任していたときに経験した製品クレームへの対応でした。
赴任して間もなく発生した製品クレーム
私がマレーシアに赴任して間もない頃、自社製品から不良品が発生し、得意先からクレームの連絡が入りました。
マレーシア人のQA責任者とシンガポール人の営業責任者が、発生原因や再発防止策について得意先へ説明しました。
しかし、先方は納得しません。
それどころか、
「とにかく日本人と一緒に来て、クレーム対策について打ち合わせをしたい」
とのことでした。
ところが、数日後に設定された打ち合わせの日は、あいにく日本人の製造責任者が日本へ出張する予定になっていました。
残る日本人は私だけです。
私はそれまで製造について直接タッチしてきたわけではありません。
とはいえ、先方が日本人の出席を求めている以上、行くしかありませんでした。
製造を知らない私がクレーム対応へ
まずQA責任者から、不良が発生した原因と再発防止策について詳しく聞きました。
その内容を頭の中で整理し、
「どの順番で説明すれば先方に理解してもらえるか」
というストーリーを考えました。
打ち合わせ当日、得意先へ到着すると、しばらくしてシンガポールから営業責任者も到着しました。
そして得意先側を見ると、マレーシア人の製造責任者、購買責任者に加え、なんと日本人が5人も揃っていました。
挨拶もそこそこに本題に入ります。
まず得意先から今回の不良品の発生状況について説明があり、それに対して私たちから発生原因と再発防止策を説明しました。
一通りのディスカッションが終わった頃、日本人の工場長がこんなことを言いました。
「御社しか仕入れるところがもうないんです。ですから、ぜひ今後ともよろしくお願いします」
私はその言葉を聞きながら、
「これは、かなり独自性のあるマーケットなのではないか」
と思いました。
もちろん、その場では口にしませんでした。
半年後、別の得意先からも同じ言葉を聞いた
それから半年ほど経った頃、今度は別の得意先でクレームが発生しました。
今回も原因と再発防止策について説明するため、得意先へ出向きました。
このときは日本人の製造責任者も一緒だったので、前回よりは少し気が楽でした。
得意先のQA責任者は中華系の非常に熱血的な方でした。
それだけ自社製品に対する自信と責任感が強かったのだと思います。
ひとたび市場クレームが発生すれば、その対応が非常に難しくなることも熱心に説明してくれました。
そして話の中で、こんな言葉が出てきました。
「だから、御社だけしかない商品なので……」
ここで私は、前回の得意先で聞いた言葉を思い出しました。
一社だけなら、その会社固有の事情だったかもしれません。
しかし、別の得意先からも同じような言葉が出てきた。
私はここで、自社製品が独自性のあるマーケットに存在していることを確信しました。
「毎年10%値下げ」が当たり前になっていた
当時、得意先からは毎年恒例のようにコストダウン要求がありました。
営業は得意先に対して非常に弱い立場で、
「10%ダウンでお願いします」
と、そのまま製造側へ要求を持ってきます。
それまでは製造側も、営業からの要望に応じてきました。
しかし私は、二つの得意先で聞いた言葉から、自社製品の市場での立ち位置は営業が考えているものとは少し違うのではないかと考えていました。
原材料費も人件費も上がっています。
そこで営業には、
「今回は値下げできない。現状価格のままでお願いしてほしい」
と伝えました。
営業は心配そうに、
「そんなことをしたら注文がなくなるかもしれない」
と言いました。
しかし私は、
「それは絶対にない」
と答えました。
なぜそう考えるのか、二つの得意先で直接聞いた話も含めて説明しました。
結果はどうだったか。
価格を下げなくても、注文数が減ることはありませんでした。
顧客の言うことを聞くことと、顧客を理解することは違う
この経験から感じたことがあります。
顧客の要求をそのまま受け入れることと、顧客を理解することは同じではない。
得意先から「10%下げてほしい」と言われれば、営業としては断りにくいでしょう。
しかし、それだけを見ていては、本当の取引関係は分かりません。
実際に得意先へ行き、その製品を使っている人たちと話をしたことで、
「価格を下げてほしい」
という要求の一方で、
「この製品がなくなっては困る」
という現実も見えてきました。
これは報告書や価格交渉の数字だけを見ていても、なかなか分からなかったことだと思います。
しかし、独自性があるから品質問題を放置していいわけではない
だからといって、
「うちの商品しかないのだから大丈夫だ」
と考えてしまえば、それは大きな間違いです。
むしろ代替品が少ない商品だからこそ、安定した品質で供給する責任があります。
同じような不良を繰り返せば、いずれ顧客からの信頼を失います。
そこで私は、なぜ不良品が発生したのか、その真因を改めて調べることにしました。
不良品は自社工場ではなく外注先で作られていた
調べていくと、問題となった製品は自社工場で製造したものではありませんでした。
前経営陣がコストダウンを目的として、外部の会社へ製造を委託していた製品だったのです。
そこで私は、その外注会社を訪問して製造現場を確認することにしました。
そこにも日本人駐在員がいました。
前経営陣からは、
「日本人が駐在している会社だから安心できる」
と聞いていました。
しかし、実際に現場へ行ってみると印象はまったく違いました。
詳細は省きますが、実際の製造現場で大きな影響力を持っていたのはローカル社員でした。
日本人駐在員がいるという事実と、日本人が製造や品質を実質的にコントロールしているということは、まったく別の話だったのです。
しかも、そのローカル社員がいなければ製造そのものが回らないような状況でした。
「日本人がいるから安心」は現場を見なければ分からない
ここでも、報告と現実の違いを感じました。
「日本人駐在員がいる」
という情報だけを聞けば、一定の品質管理が行われているように感じるかもしれません。
しかし重要なのは、国籍ではありません。
誰が実際に製造を動かしているのか。
誰が品質を管理しているのか。
問題が発生したとき、こちらからコントロールできる体制なのか。
現場へ行かなければ、それは分かりません。
私は外注をやめることにした
このままでは、自社から十分にコントロールできません。
そして再びクレームが発生すれば、失うのは不良品の処理費用だけではありません。
自社ブランドそのものに傷がつく可能性があります。
幸い、当時は外注に頼らなくても自社の生産能力で注文をカバーできる状態でした。
そこで私は、外注をやめて自社生産へ戻すことを決断しました。
その後、品質問題になるようなクレームは発生しなくなりました。
コストダウンが、本当に利益を増やすとは限らない
外注化の目的はコストダウンでした。
確かに製造単価だけを比較すれば、外注することで安くなることはあります。
しかし、コストは製造単価だけではありません。
不良が発生すれば、選別、再製作、輸送、クレーム対応などの費用が発生します。
さらに数字では簡単に表せない「顧客からの信用」や「ブランド」というものまで失う可能性があります。
安く作ることと、利益を増やすことは必ずしも同じではありません。
この経験は、そのことを改めて考えるきっかけにもなりました。
品質が安定した後、今度は価格を見直した
外注をやめ、自社生産に戻してから品質は安定しました。
そして、ある程度の期間を経過した頃、私は販売価格そのものを見直しました。
以前は毎年のように値下げ要求を受け、それに応じていました。
しかし、自社製品には顧客が必要とする独自性があり、品質についても自社でコントロールできる状態になっています。
そこで、幾分かの値上げを行いました。
私にとってこの一連の経験は、
品質と価格は別々の問題ではない
ということを考える機会にもなりました。
安定した品質を提供し、その商品に顧客が認める価値があるのなら、その価値に見合った価格を考えることも経営には必要です。
振り返ってみると、すべて5現主義だった
この一連の出来事を今振り返ってみると、以前の記事で書いた「5現主義」が、そのまま当てはまります。
- 現場 ― 得意先や外注先へ自分で足を運んだ
- 現物 ― 不良品や実際の製造工程を確認した
- 現実 ― 報告や肩書きではなく、実際に起きていることを見た
- 現時 ― クレームが発生した時点にできるだけ近い状況で情報を集めた
- 現人 ― 得意先の工場長やQA責任者、そして実際に製造を担う人たちから直接情報を得た
興味深いのは、5現主義によって見つかったのが「問題」だけではなかったことです。
外注先に品質上のリスクがあるという弱みが見えた一方で、
「御社しか仕入れるところがない」
という、自分たちが十分に認識していなかった強みも見えてきました。
現場へ行くと、問題だけでなく強みも見えてくる
あのクレームがなければ、私は得意先から「御社しかない」という言葉を直接聞くことはなかったかもしれません。
外注先の本当の製造現場を見ることもなかったでしょう。
もちろん、クレームはない方がいい。
しかし問題が起きたときに現場へ行き、現物を見て、そこで起きている現実を確認し、その瞬間に近づき、実際に関わっている人の声を聞く。
そうすると、問題の原因だけでなく、それまで自分たちが気づいていなかった強みまで見えてくることがあります。
AIは大量の情報を整理し、原因を推測し、対策案を考えることもできます。
しかし、得意先の工場長が口にした「御社しかない」という言葉の重さや、外注先の製造現場に立ったときに感じた違和感は、報告書や数字だけを見ていても分からなかったと思います。
現場へ行き、現物を見て、現実を知り、現時に近づき、現人の声を聞く。
マレーシアで経験した一連のクレーム対応は、私にとって5現主義の重要性を再確認する出来事になりました。
5現主義についての考え方そのものは、こちらの記事で詳しく紹介しています。


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