
前回の記事では、AIやロボットによって人間の仕事がすべて消えるというより、
「同じ仕事に必要な人数が減る」
可能性の方が現実的ではないかと考えました。
100人必要だった工場が、AIやロボットによって10人で運営できるようになる。
企業にとっては大きな生産性向上です。
人件費は減り、生産速度は上がり、品質も安定するかもしれません。
では、その結果として商品価格も大幅に下がり、
私たちの生活は今よりずっと楽になるのでしょうか。
私は、必ずしもそう単純ではないと思っています。
なぜなら、
「安く作れること」と「安く売られること」は別だからです。
自動車の製造原価が半分になったら、価格も半分になるのか
たとえば、AIやロボットの進歩によって、
ある自動車を作るためのコストが大きく下がったとします。
人件費が減り、生産設備の自動化が進み、検査もAIが行う。
部品の発注や在庫管理、物流まで最適化される。
その結果、1台あたりの製造原価が従来の半分近くまで下がったとします。
では、自動車の販売価格も半額になるでしょうか。
おそらく、そうはならないでしょう。
価格を決めるのは原価だけではありません。
ブランド力、競争環境、需要、販売戦略、研究開発費、販売網、利益目標など、
さまざまな要素が関係します。
もし製造原価が大幅に下がっても、販売価格が2割しか下がらなければ、
企業の利益率はむしろ高くなる可能性があります。
これは企業経営としては自然なことです。
コストを下げて利益を増やす。
それ自体は何も悪いことではありません。
問題は、その利益増加と同時に、
そこで働く人の数が大幅に減っている可能性があることです。
企業は儲かる。でも消費者の所得は減る
ここで少し奇妙な状況が生まれます。
企業側では、
- 生産性が上がる
- 人件費が下がる
- 利益率が上がる
- 製品価格も多少下げられる
という好循環が起きます。
しかし社会全体では、
- 必要な労働者が減る
- 失業者が増える
- 給与所得を得る人が減る
- 消費に使えるお金が減る
という逆方向の変化が起きるかもしれません。
つまり、
企業は以前より効率よく商品を作れるのに、その商品を買える人が減っていく。
という矛盾です。
商品があるのに買えない社会
これは少し不思議な話です。
物が不足しているわけではありません。
むしろAIやロボットによって、以前より大量に作れるようになっています。
食料もある。
自動車もある。
家電もある。
住宅も、理論上は以前より少ない人手で建てられるかもしれません。
それでも、
人間側に所得がなければ買えません。
これは、「物が足りない社会」とはまったく違う問題です。
生産能力は十分にあるのに、
お金という仕組みがあるために人間がそれを手にできない。
技術的には豊かな社会なのに、
生活者は豊かではない。
AI時代には、そんな矛盾がより大きくなる可能性があります。
食料品は安くなるのか
食料についても同じことが考えられます。
AIによる栽培管理。
自動運転の農業機械。
収穫ロボット。
ドローンによる監視。
最適な水や肥料の投入。
物流の自動化。
こうした技術が普及すれば、
農業に必要な人手は減り、生産効率も高まるでしょう。
漁業についても、漁場予測や自動化、養殖技術の高度化などによって、
生産性が上がる可能性があります。
もし食料生産コストが下がれば、
消費者が支払う食費も下がるかもしれません。
これは非常に大きな意味があります。
なぜなら、
人間が生きるために最低限必要なものの中で、食料は最も基本的なものだからです。
食費が大幅に下がれば、
人間が生活するために必要な所得そのものも少なくて済みます。
でも、土地やエネルギーは無限ではない
ただし、AIやロボットによってすべての価格が限りなくゼロへ近づくわけではありません。
土地には限りがあります。
水も無限ではありません。
エネルギーも必要です。
農地、住宅地、鉱物資源、電力、半導体、通信設備など、
現実世界には物理的な制約があります。
そのため、
「人件費がなくなれば、すべてが無料になる」
というほど単純ではありません。
むしろAI時代には、
土地、エネルギー、データ、計算資源といったものの価値が、
これまで以上に重要になる可能性があります。
AI時代の「富」は何になるのか
これまでの産業社会では、
工場、土地、機械、資本などを持つことが大きな力になりました。
AI時代では、そこに新しい資産が加わります。
- 高性能なAI
- 大量のデータ
- ロボット
- 半導体
- データセンター
- 電力
- 通信インフラ
こうしたものを所有する企業ほど、
少ない人数で大量の価値を生み出せるようになります。
すると、
人間の労働そのものより、AIや設備を所有していることの方が大きな収入を生む
社会へ変わっていく可能性があります。
「働く人」と「所有する人」の差が大きくなる
現在でも、労働による所得と、資産による所得には違いがあります。
人間が働けば給与を得ます。
一方で、株式、不動産、企業、設備などを所有していれば、
働かなくても利益や配当を得られる場合があります。
AIとロボットの時代には、この差がさらに大きくなるかもしれません。
AIが24時間働いて利益を生み出す。
ロボットが工場で働く。
その利益を受け取るのは、AIや設備を所有する企業や投資家です。
一方で、仕事を失った人には給与が入りません。
その結果、
「働いている人」と「働いていない人」の格差よりも、「AIを所有している人」と「所有していない人」の格差の方が大きくなる
可能性があります。
安くなれば解決する、では足りない
「AIで商品価格が下がるなら、給料が少なくなっても生活できるのではないか」
という考え方もあります。
確かに、その面はあるでしょう。
食費が半分になり、
交通費が下がり、
日用品も安くなれば、
必要な生活費は減ります。
しかし、生活にはそれ以外にも多くのお金が必要です。
- 住宅費
- 教育費
- 医療費
- 社会保険料
- 税金
- 介護費用
- 光熱費
- 通信費
これらまで同じように下がるとは限りません。
特に教育、医療、年金、介護などは、
社会制度そのものと深く関係しています。
社会保険制度は「人間が働くこと」を前提にしている
日本の社会制度を考えてみても、
現在の仕組みの多くは、
「多くの人が働いて給与を得る」
ことを前提にしています。
給与から所得税を払う。
給与から社会保険料を払う。
企業も社会保険料を負担する。
そのお金によって、医療、年金、福祉などを支えています。
ところが、
1000人で運営していた企業が、AIとロボットによって100人で運営できるようになったらどうでしょう。
企業の利益は以前より増えていても、
給与をもらう人は大幅に減ります。
すると、
給与を基準に税や社会保険料を集める現在の仕組みそのものが苦しくなる
可能性があります。
生産性が上がるほど、現在の税制が合わなくなる?
これは非常に皮肉な話です。
社会全体の生産性が上がり、
以前より豊富な商品やサービスを作れるようになっているのに、
社会保障制度を維持するためのお金が不足する。
なぜか。
現在の制度が、
人間の労働からお金を集める仕組み
を中心に作られているからです。
AIやロボットが生産の中心になるなら、
税の集め方そのものも変える必要が出てくるでしょう。
AIやロボットが生み出した利益に、どう課税するのか
将来的には、
「人間の労働」ではなく、「AIやロボットが生み出した付加価値」から社会を支える
という考え方が必要になるかもしれません。
たとえば、
- 法人利益への課税
- 資本への課税
- 消費への課税
- AIや自動化による付加価値への課税
- 巨大デジタル企業への課税
などを組み合わせ、
AIによって生み出された富の一部を社会全体へ戻す仕組みです。
ここで初めて、
「AIが働いて、人間が働かなくても生活できる社会」
へつながる可能性が見えてきます。
問題は「生産」ではなく「分配」になる
20世紀までの経済では、
「どうすればもっと多く作れるか」
が大きな課題でした。
しかしAIとロボットによって生産力が飛躍的に高まれば、
課題そのものが変わるかもしれません。
「どう作るか」から、「作られた豊かさをどう分けるか」へ。
これは、非常に大きな変化です。
人類は長い間、食料や物資が不足する社会で暮らしてきました。
ところが将来、
必要なものを十分に作れる社会になったとき、
不足しているのは商品ではなく、それを手にするための所得だけ
という時代が来るかもしれません。
資本主義はそのままで成り立つのか
ここまで考えると、
一つ大きな疑問が出てきます。
AIやロボットを所有する企業に利益が集中し、
人間の仕事が減っていく社会で、
現在の資本主義の仕組みは、そのまま維持できるのでしょうか。
AI企業や巨大資本が利益を上げること自体が問題なのではありません。
新しい技術を開発し、投資し、リスクを取った企業が利益を得るのは当然です。
しかし、その利益が極端に一部へ集中する一方で、
多数の人が所得を失えば、
社会そのものが不安定になります。
そのとき必要になるのは、
単なる景気対策ではなく、
「AI時代の富を、どう社会全体へ循環させるのか」
という新しい仕組みなのかもしれません。
夢の21世紀を阻むのは、技術不足ではないのかもしれない
ここまで考えてくると、
少し意外な結論にたどり着きます。
子どもの頃に夢見た21世紀が実現しなかった最大の理由は、
技術が足りなかったからだと思っていました。
しかし、これからの時代は違うかもしれません。
AIやロボットによって、
必要な物を十分に作れる技術は近づいています。
それでも理想社会が実現しないとすれば、
問題になるのは、
技術ではなく、経済や制度の仕組み
なのではないでしょうか。
生産性は上がった。
食料も商品も十分にある。
しかし、その豊かさを一部の人しか利用できない。
それでは「夢の21世紀」とは呼べません。
本当の意味で未来社会へ進むには、
AIが生み出した富を誰が所有し、どう分配するのか
という問題を避けて通れないでしょう。
次回は、
「AIが生み出した富は誰のものなのか」
というテーマから、
資本主義、再分配、ベーシックインカム、
そしてAI時代の新しい経済の形について考えてみたいと思います。
この記事が、どこかで
「ためになるかもしれない」と思っていただけたら嬉しいです。

コメント