
海外で会社を経営していると、日本ではなかなか経験しないような出来事に何度も遭遇します。
その中でも、今思い出しても「タイミングが出来すぎていた」と感じる出来事があります。
それは、社員とのボイコット騒動の真っ最中、誰も触れていないテーブルが突然崩れ落ちたという出来事でした。
マレーシアに最低賃金制度が導入
2013年1月、マレーシアで最低賃金制度が導入されました。
しかも対象には外国人労働者も含まれていました。
これは、多くの製造業にとって非常に大きなインパクトでした。 もちろん、私がいた会社も例外ではありません。
当時、マレーシア半島部の最低賃金はRM900。 しかし、社内にはそれを大きく下回る給与帯の社員もいました。
中には、実質的に給与が倍近く上がるケースもあります。
当然、会社としての人件費負担は急増します。
経営側としては、
- 法令は守らなければならない
- しかし急激な人件費増加は避けたい
- 社員の不満も抑えたい
という非常に難しい状況でした。
給与体系をどう設計するか
当時、多くの経営者団体は最低賃金制度に反対していました。 そのため、
「しばらくしたら撤回されるのではないか」
という噂も流れていました。
もし基本給そのものを大きく上げてしまえば、後から元に戻すことは現実的に不可能です。
そこで私は、Labor Office(労働局)へ何度も確認しながら、合法的な給与体系を模索しました。
約200人分の給与分布を分析すると、RM1,200〜RM1,400の間に空白地帯があることが分かりました。
そこで、是正対象をRM1,200以下の社員に限定し、賃金ごとに上昇率を変える方式を採用しました。
数学でいう一次関数のような形で、
- 給与が低い人ほど上昇率を高く
- 既に高い人は調整を小さく
なるよう設計しました。
また、残業コストを抑えるため、新しいシフト制度も導入しました。
経営としては、かなり悩み抜いた末の決定でした。
社員説明会、そしてボイコット
説明会の日。 私は社員たちへ、新しい給与体系について説明しました。
しかし、説明後、ローカル社員の一部から不満が噴き出しました。
彼らの主張は、
「外国人労働者ばかり優遇されている」
というものでした。
実際には法令対応でしたが、感情の問題は簡単ではありません。
そしてついに、一部社員によるボイコットが発生しました。
現場の空気は完全に険悪でした。
私は、
「夕方、改めて説明する」
と伝え、一旦仕事へ戻らせました。
緊迫した説明会
夕方。
管理事務所の中で、私とボイコット社員たちが、ひとつのテーブルを挟んで向かい合いました。
かなり張り詰めた空気でした。
私は、会社の収益構造、人件費、法令対応について説明を続けました。
しかし、空気はなかなか和らぎません。
そして話が佳境に差しかかった時、私はこう言いました。
「全員が満足する形で賃金を増やしていったら、会社は赤字になって…」
その瞬間でした。
ガターン!!
突然、誰も触れていないテーブルが、大きな音を立てて崩れ落ちたのです。
脚が外れたような形で、私たちの間にあったテーブルは床へ落ちました。
一瞬、全員が固まりました。
「会社もこのようになる」
私自身も驚きました。
しかし次の瞬間、
「これは使える」
と思いました。
私は崩れたテーブルを見ながら、こう言いました。
「会社も、このようになる」
場の空気が、一瞬で変わりました。
それまで強い態度だった社員たちも、急に静かになりました。
あまりにもタイミングが良すぎたのです。
中には、
「この日本人、何か持っているのでは…」
という顔をしている社員までいました。
もちろん、私は妖術使いではありません。
しかし、あの瞬間、あの空気の中で、あのタイミングでテーブルが崩れたことは、今思い返しても不思議でした。
奇妙な空気の変化
結局、その説明会は大きな衝突なく終わりました。
最後に私は、
「これからも一緒に頑張っていこう」
と締めくくりました。
ボイコットの空気も、その後は徐々に収束していきました。
ちなみに、あのテーブルは普段からミーティングで使っていたもので、突然壊れるような状態には見えませんでした。
だからこそ、余計に不思議な出来事として記憶に残っています。
海外経営では「理屈だけ」では解決しない
海外で経営をしていると、日本以上に「感情」や「空気」が重要になる場面があります。
法律的に正しくても、人が納得するとは限りません。
数字で説明しても、感情が追いつかなければ対立になります。
あの時、もしテーブルが崩れていなければ、私はもっと長時間説明し続けていたかもしれません。
それでも、納得してもらえたかどうかは分かりません。
偶然だったのか。 タイミングだったのか。
今でも時々思い出す、不思議な出来事です。
まとめ
マレーシアで経験したこの出来事は、今でも強く印象に残っています。
海外経営では、計算通りにいかないことが本当に多くあります。
そして時には、理屈では説明できないような「空気を変える出来事」が起きることもあります。
あの時、崩れ落ちたのはテーブルだけだったのか。 それとも、対立していた空気そのものだったのか。
今でも分かりません。



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