WhatsAppを抜けたら解雇、勤務中に居眠りしても解雇は重すぎる?|マレーシアの面白い労働判例

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私がマレーシアと関わるようになって感じたことのひとつに、労働争議の多さがあります。

会社と従業員の間でトラブルが起き、Industrial Court(労使関係裁判所)まで争われるケースも珍しくありません。

マレーシアの法制度は、かつて英国の統治下にあった歴史から、英国法の影響を強く受けています。
日本のような制定法を中心とした法体系とは少し違い、コモン・ロー、つまり過去の裁判例を重視する伝統があります。

そのため労働問題でも、過去にどのような判断がされたのかを見ていくとなかなか面白い。

今回、マレーシアの労働判例を調べていて、思わず、

「えっ、そっちは解雇できて、こっちは解雇できないの?」

と思った2つの事件を見つけました。

ひとつは、

会社のWhatsAppグループを勝手に退出した社員の解雇。

もうひとつは、

勤務中に11回も居眠りした銀行支店長の解雇。

さて、どちらが「解雇してもよい」と判断されたと思いますか?

会社のWhatsAppグループを抜けたら解雇?

最初は2019年の
「Thilagavathy a/p Arunasalam v Maxis Mobile Sdn Bhd」
という事件です。

会社は携帯電話会社のMaxis。

従業員同士の業務連絡にWhatsAppグループを使用していました。

マレーシアではWhatsAppが非常に普及していて、プライベートだけでなく、会社の業務連絡でも普通に使われています。

この会社でもWhatsAppが正式な業務連絡手段として使われており、上司から、

「グループから退出する場合は、事前に許可を得ること」

という指示が出されていました。

ところが、この従業員は上司の許可を得ずにWhatsAppグループを退出してしまいます。

そして会社は最終的に、この従業員を解雇しました。

ここだけ聞くと、

「WhatsAppのグループを抜けただけでクビ?」

と思います。

日本の会社だったら、

「勝手に抜けないでください」

と注意される程度ではないか、と思う人も多いでしょう。

実際にはWhatsAppだけが理由ではなかった

しかし判決の内容を詳しく見てみると、少し印象が変わります。

問題になったのは、単にWhatsAppグループを退出したことだけではありませんでした。

この従業員には、上司に対する反抗的、非協力的な態度が継続していたとされ、業務上必要な「Day End Sales and Service Report」を複数回提出しなかったことなども問題になっています。

そして、

「WhatsAppグループを勝手に退出しないこと」

という上司からの明確な指示があったにもかかわらず、それにも従わなかった。

Industrial Courtは、これらを総合して、会社からの適法な業務命令に対する意図的な不服従(insubordination)と判断しました。

つまり、

「WhatsAppを抜けたから解雇された」

というより、

「会社の正当な業務命令に繰り返し従わない行為のひとつとして、WhatsApp退出も評価された」

と考えた方が正確です。

見出しだけ読むのと、判決の背景まで読むのとでは、ずいぶん印象が違います。

では、勤務中に11回居眠りしたら?

次の事件は、もっと驚きました。

「Mohd Fauzi Mohd Shariff v Bank Islam Malaysia Berhad」
という2025年の事件です。

原告はBank Islam Malaysia Berhadの支店長でした。

会社から問題にされたのは、

勤務時間中の居眠り。

しかも1回ではありません。

裁判記録では11回の居眠りが問題になっています。

支店長という管理職です。

会社側からすれば、

「さすがにこれは解雇でしょう」

と思うのも分からなくありません。

実際、銀行はこの支店長を解雇しました。

ところがIndustrial Courtの判断は違いました。

解雇は重すぎる。

という判断だったのです。

居眠りは問題。しかし「即クビ」とは限らない

もちろん裁判所も、

「仕事中に寝ても問題ありません」

と言ったわけではありません。

勤務中の居眠りはmisconduct(非違行為)になり得ると認めています。

しかし、

「非違行為があった」=「解雇してよい」

ではない。

ここが、この判例の面白いところです。

裁判所は、その行為が雇用関係を根本から破壊するほど重大なものだったのかを考えました。

たとえば、

  • 窃盗
  • 詐欺
  • 暴力

などと比べれば、居眠りは必ずしも同じ程度の重大な非違行為とはいえません。

さらに、この支店長には考慮すべき事情がありました。

それまでの勤務成績が良好だったこと。

同様の行為について過去に処分を受けていなかったこと。

そして、睡眠時無呼吸症候群という医学的な事情もありました。

こうした事情を総合すると、

「警告や降格など、もっと軽い処分を選択することもできたのではないか」

というのが裁判所の考え方でした。

そのため、銀行による解雇は正当な理由のない解雇と判断されました。

WhatsApp退出は解雇、11回寝ても解雇は重すぎる

この2つを並べてみると面白いと思いませんか。

事件 問題となった行為 判断
Maxis事件 WhatsApp退出、報告義務違反、上司への継続的な不服従など 解雇に正当な理由あり
Bank Islam事件 勤務中に11回居眠り 居眠りは非違行為だが、解雇は重すぎる

見出しだけなら、

「WhatsAppを抜けたらクビなのに、11回寝てもクビにできない国」

という、とんでもない話に見えてしまいます。

でも、裁判所が見ているのは「何をしたか」だけではありません。

なぜそうしたのか。

それまでどんな勤務態度だったのか。

会社から注意や指導を受けていたのか。

会社の正当な命令を意図的に無視したのか。

そして、その行為に対して「解雇」という処分は重すぎないのか。

そうした事情を総合して判断しているわけです。

マレーシアでは「解雇の理由」だけでなく「処分の重さ」も重要

私がこの2つの判例を見て興味深いと思ったのは、

「悪いことをしたかどうか」と「クビにしてよいかどうか」は別問題

という考え方です。

これは会社経営をしている側から見ると、非常に重要です。

従業員に問題行動があった。

だから解雇する。

一見すると単純です。

しかしIndustrial Courtでは、

「本当に解雇するほど重大だったのか?」

というところまで見られる可能性があります。

逆に、一つひとつを見れば小さな問題でも、会社の正当な指示を繰り返し無視していたのであれば、それらを総合して重大な不服従と判断されることもあります。

これはマレーシアで会社を経営する日本人にとっても、知っておいた方がよい考え方だと思います。

マレーシアで感じた「労働争議の近さ」

私はマレーシアと長く関わってきましたが、日本と比べて労働争議を身近に感じることがあります。

日本では会社と従業員の間で多少の問題があっても、社内で処理されたり、どちらかが退職したりして終わるケースも多いでしょう。

一方、マレーシアでは、

「その解雇にはjust cause or excuse(正当な理由)があったのか」

ということがIndustrial Courtで争われるケースがあります。

そして過去の裁判例を見ていくと、

「そんなことで裁判になるの?」

と思うような事件もあります。

しかし内容を読んでみると、単純な「従業員保護」でも「会社保護」でもありません。

会社には会社を運営するための規律が必要です。

従業員には、不当に職を奪われないための保護が必要です。

その間のどこに線を引くのか。

Industrial Courtは、まさにそこを判断しているのだと思います。

判例は「見出し」だけでは分からない

前回、アメリカの損害賠償について調べたときにも同じことを感じました。

「マクドナルドのコーヒーを自分でこぼして巨額賠償」

という有名な事件も、詳しく調べてみると世間で語られている話とはかなり違いました。

今回も同じです。

「WhatsAppを抜けただけで解雇された」

ではありません。

「11回も仕事中に寝たのに、解雇できなかった」

でもありません。

判決には、その結論に至るまでの背景があります。

ネットやニュースでは、その中で一番面白い部分だけが見出しになります。

でも、その「なぜ?」を調べてみると、その国の社会や文化、そして法律に対する考え方まで少し見えてくる。

これが判例を読む面白さなのかもしれません。

会社員なら、あなたならどう判断しますか?

最後に、少し考えてみてください。

部下が会社の業務用WhatsAppグループから、上司の指示を無視して勝手に退出した。
しかも、それ以前から指示に従わないことが何度もあった。

あなたが経営者なら、解雇しますか?

では、

長年よく働いてくれた支店長が、勤務中に何度も居眠りしていた。
しかし、それまで大きな問題はなく、病気も影響していた。

こちらはどうでしょう。

注意する。

減給する。

降格する。

それとも解雇する。

こう考えてみると、

「正しい答え」は意外と簡単ではありません。

マレーシアの労働判例を調べ始めたら、ほかにも面白い事例が出てきそうです。

たまにはAIやITの話から離れて、こういう「海外ではどう考えるのだろう?」という話を調べてみるのも面白いものです。



※本記事はマレーシアの労働判例を題材とした一般的な紹介・考察です。個別の雇用問題について法的助言を行うものではありません。判例や法制度の適用は個々の事案によって異なります。

参考資料

  • Thilagavathy a/p Arunasalam v Maxis Mobile Sdn Bhd, Industrial Court Award No. 1050 of 2019
  • International Islamic University Malaysia Repository「Does exiting a company WhatsApp group justify dismissal?」
  • Mohd Fauzi Mohd Shariff v Bank Islam Malaysia Berhad, Industrial Court Award No. 25 of 2025
  • Industrial Relations Act 1967

 


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