盗まれた車を警察が壊したら誰が払う?|アメリカの「トンデモ裁判」から考えたこと

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先日、アメリカのニュース映像を見ていました。

盗難車が警察から逃走し、それを何台ものパトカーが追いかけています。
そして最後は、パトカーが逃走車に体当たり。
車をスピンさせて停止させる、いわゆる「PIT」と呼ばれる方法です。

映像として見ると迫力があります。

「おお、捕まえた!」

と思う一方で、画面をよく見ると、逃走車はかなり壊れています。
場合によっては、道路脇に停まっていた一般の車まで巻き込まれています。

そこで、ふと思いました。

「これ、誰が弁償するんだろう?」

盗まれた人には何の落ち度もない

たとえば、こんなケースを考えてみます。

新車を買ったばかりのAさん。
きちんと鍵をかけて駐車していたのに、車を盗まれてしまいました。

犯人はその車で逃走。
警察が追跡し、最後はパトカーが体当たりして停止させます。

犯人は逮捕されました。

めでたし、めでたし。

……ではありません。

Aさんの車は大破しています。

当然、車を盗んだ犯人には責任があります。
しかし、犯人に数百万円の損害を賠償できるだけの資力があるとは限りません。

しかもAさんが自分の車の損害を補償する車両保険に加入していなかったとしたらどうでしょう。

対人・対物保険に入っていても、それは基本的に自分が他人に与えた損害を補償するためのものです。
自分の車の損害まで自動的に補償してくれるわけではありません。

最悪の場合、

「車はなくなった。でもローンは残った」

ということさえ考えられます。

これはさすがに、

「運が悪かったですね」

だけでは片付けにくい話です。

では、警察が弁償するのか?

ここで日本人の感覚なら、

「最後に車を壊したのは警察なんだから、警察か自治体が弁償するんじゃないの?」

と思いたくなります。

ところが、アメリカではそれほど単純ではありません。

アメリカは州によって法律が大きく異なり、さらに警察や自治体には政府免責の問題もあります。
警察官が職務上、適法かつ合理的な判断として逃走車を停止させた場合、単に「警察がぶつけた」というだけで自治体がすべての損害を負担するとは限りません。

もちろん州によって制度は違います。

たとえばネブラスカ州には、警察の車両追跡によって無関係な第三者に死亡、負傷、物的損害が生じた場合、一定の条件のもとで州や自治体が損害を負担し、その後、逃走した運転手などへ求償できる仕組みがあります。

私は、この考え方はかなり合理的だと思います。

警察官に、

「車を壊したら自治体が訴えられるかもしれないから、犯人を止めないでおこう」

と思わせる必要はありません。

一方で、何の落ち度もない市民に、

「犯人にはお金がないので、あなたが損をしてください」

というのもおかしな話です。

警察の行動が正しかったかどうかと、無実の被害者を救済するかどうかは、本来別の問題ではないでしょうか。

そこで思い出した「マクドナルドのコーヒー裁判」

こんなことを考えていると、アメリカの損害賠償について昔から有名な話を思い出しました。

「マクドナルドで買ったコーヒーをこぼして火傷をした女性が、マクドナルドを訴えて巨額の賠償金を手にした」

という話です。

私も昔は、

「さすが訴訟社会アメリカ。自分でコーヒーをこぼしておいて店を訴えるのか」

と思っていました。

ところが、調べてみると実際の事件はかなり違います。

1994年の「Liebeck v. McDonald’s Restaurants」、いわゆるホットコーヒー事件です。

原告のステラ・リーベックさんは当時79歳。
運転中にコーヒーを飲んでいたわけではなく、車は停車しており、彼女は助手席にいました。

コーヒーの蓋を開けようとしてこぼしてしまったのですが、そのコーヒーは約180~190°F、日本でいう約82~88℃という非常に高い温度で提供されていました。

彼女は重度の火傷を負い、入院し、皮膚移植まで必要になりました。

裁判では陪審がマクドナルド側の責任を認める一方、リーベックさん自身にも20%の過失があると判断しています。

つまり、

「コーヒーを自分でこぼしただけで何億円ももらった」

という、よく知られているイメージとはずいぶん違います。

一見「トンデモ判決」に見える事件でも、詳しく調べてみると、それなりの背景があるわけです。

猫を電子レンジで乾かして訴えた?

もうひとつ有名なのが、

「濡れた猫を乾かそうとして電子レンジに入れたら猫が死んでしまい、説明書に『猫を入れてはいけない』と書いてなかったとしてメーカーを訴え、勝訴した」

という話です。

これなど、

「そんなことまで説明書に書かなければならないのか?」

と思ってしまいます。

ところが、こちらは信頼できる裁判記録が確認されておらず、古くから語られている都市伝説とされています。

考えてみれば、こうした話は非常に拡散しやすい。

「アメリカでは猫を電子レンジに入れてもメーカーから賠償金を取れるらしい」

と言われたら、誰かに話したくなります。

そのうち、

「らしい」

が消えて、

「実際にあった」

に変わっていくのでしょう。

ところが「盗まれやすい車を作ったメーカー」は本当に訴えられた

ここまで考えたところで、もう一つ疑問が浮かびました。

では、

「そもそも盗まれやすい車を作ったメーカーが悪い」

と訴えたらどうなるのでしょう。

これが面白いことに、本当に似た事件がアメリカで起きています。

Hyundai(ヒョンデ)とKia(起亜)の一部の車には、エンジンを不正に始動させにくくする「イモビライザー」が搭載されていない車種がありました。

その弱点を利用した盗難方法がSNSで広まり、社会問題になります。

アメリカ道路交通安全局(NHTSA)によると、対策の対象となったのはHyundai約380万台、Kia約450万台。
この問題に関連して、少なくとも14件の事故と8人の死亡が報告されました。

メーカーは無料の盗難防止ソフトウェア更新などを実施しました。

そして車の所有者たちは、

「適切な盗難防止装置が付いていなかったため、車が盗まれやすくなった」

などとして集団訴訟を起こしました。

この集団訴訟では和解案がまとめられ、2024年10月に連邦裁判所が最終承認しました。
ただし2026年7月現在、控訴が残っており、和解はまだ発効しておらず、和解金の支払いも開始されていません。

もちろん、和解したからといって、

「メーカーが裁判で全面的に悪いと認定された」

という意味ではありません。

それでも、

「犯罪を実行したのは泥棒だが、盗まれやすい商品を作ったメーカーにも責任はないのか」

という問いが、単なる冗談ではなく現実の裁判になっているところがアメリカらしいとも感じます。

では、盗難車を警察が壊したらメーカーの責任になる?

ここまで来ると、さらに考えたくなります。

もし、

盗難防止機能の弱い車が盗まれた。



犯人がその車で警察から逃げた。



警察がPITを行った。



車が全損した。

という場合です。

所有者からすれば、

「そもそも普通の盗難防止装置が付いていたら盗まれなかった。盗まれなければ警察に追われることもなく、車も壊れなかった」

と言いたくなります。

一方、メーカー側からすれば、

「車を盗んだ犯罪者がいる。その犯罪者が逃走した。そして警察が車を停止させた。それらすべての結果までメーカーが責任を負うのか?」

となるでしょう。

ここまで来ると、法律の世界では「因果関係」や「予見可能性」という話になるのでしょうが、素人の私にはかなり難しい世界です。

ただ、ひとつだけ思うことがあります。

「誰が悪いか」と「誰を救うか」は別でもいい

今回、このニュース映像をきっかけにいろいろ調べてみて、一番引っかかったのはここでした。

法律では、

「誰に責任があるのか」

を決めなければなりません。

泥棒が悪い。

警察の行動は適法だった。

メーカーにも法的な欠陥は認められない。

そういう結論になることもあるでしょう。

でも、その結果として、

何の落ち度もない人だけが数百万円の損害を背負う。

それで本当にいいのだろうか、と思います。

警察官に責任がなくてもいい。

警察には犯人を止めてもらわなければ困ります。

しかし、その正当な警察活動によって無関係な市民の財産が失われたのであれば、公的な仕組みでまず補償し、その後に犯人など責任のある者へ請求する。

そんな仕組みがあってもいいのではないでしょうか。

「誰が悪いのか」と「何の落ち度もない人を誰が救うのか」は、必ずしも同じ問題ではない。

派手なカーチェイスのニュースを何気なく見ていただけなのに、気がついたらそんなことまで考えていました。

そしてもうひとつ。

世の中で「アメリカのトンデモ裁判」として語られている話も、一度調べてみると、

本当にあった話。

事実だけれど、かなり誤解されている話。

最初から存在しなかった都市伝説。

この3つが入り混じっているようです。

ネットで面白い話を見つけたときほど、

「本当にそうなの?」

と一度立ち止まってみる。

それも、今の時代には大切なことなのかもしれません。



※本記事はアメリカの裁判・損害賠償制度について一般的な事例をもとに考察したものです。アメリカでは州や個々の事案によって法律・補償制度が異なります。本記事は個別の法律相談を目的としたものではありません。

参考資料

  • Legal Information Institute(Cornell Law School)「Liebeck v. McDonald’s Restaurants (1994)」
  • Center for Justice & Democracy「FAQ About The McDonald’s Coffee Case」
  • NHTSA(米国道路交通安全局)「Hyundai and Kia Launch Service Campaign to Prevent Theft of Millions of Vehicles」
  • In re: Kia Hyundai Vehicle Theft Marketing, Sales Practices, and Products Liability Litigation 公式Settlement Site
  • Nebraska Legislature「Nebraska Revised Statute 13-911」「81-8,215.01」
  • Snopes ― Microwaved Pet等の都市伝説に関する資料


この記事が、どこかで「ためになるかもしれない」と思っていただけたら嬉しいです。

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