なぜブミプトラ政策は50年以上続いているのか|変わったマレーシア、変わらない制度

スポンサーリンク

前回の記事では、日本人には少し理解しにくい「ブミプトラ政策」が、なぜマレーシアで生まれたのかを紹介しました。

英国植民地時代から続いた民族間の経済格差。

1969年の「5月13日事件」。

そして1971年に始まったNew Economic Policy(NEP:新経済政策)。

当時のマレーシア政府にとって、民族間の経済格差を縮小することは、単なる福祉政策ではありませんでした。

国家の安定そのものに関わる問題だったのです。

ここまでは、歴史を振り返ればある程度理解できます。

しかし、日本人として次に疑問に思うのは、

「それから50年以上経っているのに、なぜ今も続いているの?」

ということです。

今回は、その「なぜ?」を考えてみたいと思います。

本来のNEPは永遠に続ける政策ではなかった

まず少し整理しておきます。

1971年に始まったNEPそのものは、当初から永久に続ける制度として設計されたわけではありません。

政策期間は1971年から1990年まで。

約20年間の国家政策でした。

NEPには大きく二つの目的がありました。

  • 民族に関係なく貧困を減らすこと
  • 民族と経済的役割が結び付いた社会構造を再編すること

特に、経済的に弱い立場にあったブミプトラの教育、専門職、企業経営、資本所有などへの参加を増やすことが重要な課題でした。

では1990年になってNEPが終了したとき、ブミプトラ政策も終わったのでしょうか。

そうはなりませんでした。

NEPは終わった。でも考え方は残った

1990年にNEPは終了しましたが、その後もNational Development Policy(NDP:国家開発政策)など、新しい国家政策へと引き継がれていきました。

政策の名称や具体的な仕組みは変化しても、

「ブミプトラの経済的地位を向上させる」

という考え方そのものは残りました。

そして現在でも、教育、住宅、政府調達、企業育成、投資など、さまざまな分野にその考え方を見ることができます。

ここが少し分かりにくいところです。

「NEP」という一つの政策が50年以上そのまま続いているわけではありません。

NEPから始まったブミプトラ支援の考え方が、形を変えながら現在まで続いている。

と考えた方が正確でしょう。

では、ブミプトラ政策は失敗だったのか?

ここで、

「50年以上続けてもまだ必要なら、政策は失敗だったのでは?」

と思うかもしれません。

しかし、これも単純ではありません。

2024年に開催されたBumiputera Economic Congressで、アンワル・イブラヒム首相は、1971年に始まったNEPについて明確な成果があったことを認めています。

農村や地方のインフラは大きく改善しました。

ブミプトラの子どもたちの教育機会も広がりました。

専門職や中間所得層も増えました。

社会的な上昇機会、いわゆる「社会的流動性」も大きく改善しました。

つまり、

ブミプトラ政策は何も成果を出さなかったわけではありません。

むしろ、現在のマレーシアの中間層形成に大きな役割を果たした側面があります。

それでも「まだ終わっていない」と政府は考えている

興味深いのは、その2024年のBumiputera Economic Congressで、アンワル首相が同時に、

「まだ終わっていない課題がある」

という趣旨の認識を示していることです。

教育や社会的地位は改善した。

しかし企業経営、起業、商業、資本形成などでは、依然として課題が残っている。

つまり政府から見ると、

「成果が出たから終わり」

ではなく、

「成果は出た。しかし当初目指した状態にはまだ到達していない」

ということなのでしょう。

ただし、50年前とは「格差の姿」が変わっている

ここからが現在のマレーシアを考えるうえで、とても興味深いところです。

1970年代には、

「マレー系は経済的に弱い」

「中華系は経済的に強い」

という民族間の格差が、政策を考えるうえで非常に大きな意味を持っていました。

もちろん現在でも民族間の所得差は存在します。

しかし、現在のマレーシアの格差は、それだけでは説明できなくなっています。

世界銀行とマレーシア経済省がまとめた近年の分析では、興味深いことが指摘されています。

貧しいブミプトラと裕福なブミプトラの差の方が、平均的なブミプトラと平均的な非ブミプトラとの差よりも大きい。

つまり、

「マレー系対中華系」

という単純な構図だけでは、現在の格差を説明できないのです。

同じブミプトラでも状況はまったく違う

さらに「ブミプトラ」と一括りにすること自体にも難しさがあります。

クアラルンプールで高収入の専門職として働くマレー系ビジネスパーソン。

半島部の農村で暮らす低所得世帯。

サバやサラワクの地方で暮らす先住民族。

全員が「ブミプトラ」という大きなカテゴリーに含まれることがありますが、生活環境も所得も教育機会も同じではありません。

世界銀行の分析でも、半島部のブミプトラと東マレーシアのブミプトラでは、所得上昇や経済的な移動の状況に大きな違いがあることが指摘されています。

特に地方では、教育や医療へのアクセスそのものが問題になる地域もあります。

ここまで来ると、

「ブミプトラだから支援する」

だけで本当に必要な人に支援が届くのか、という新しい問題が出てきます。

裕福なブミプトラも、貧しいブミプトラも同じなのか

たとえば、極端な例を考えてみます。

裕福な家庭に生まれ、都市部の恵まれた環境で教育を受けたブミプトラの若者。

一方で、低所得家庭に生まれた中華系やインド系の若者。

民族だけを基準に考えれば、前者がブミプトラ政策の対象となり、後者は対象にならない制度もあり得ます。

日本人の感覚では、

「それなら民族ではなく、所得や家庭環境で支援した方が公平なのでは?」

と思います。

実際、現在のマレーシアでは、民族を基準とする支援と、B40など所得を基準とする支援の両方が存在しています。

そして社会保障については、より必要な人へ的確に支援を届ける「ターゲティング」が重要な課題になっています。

それでも簡単には変えられない

では、時代に合わせてブミプトラ政策を大きく変えればいい。

外国人から見ると、そう思うかもしれません。

しかし、それほど簡単な話ではありません。

ブミプトラの「特別な地位」は、単なる経済政策だけの問題ではなく、マレーシア連邦憲法にも関係しています。

そして何より、半世紀以上続いてきた制度は、人々の教育、仕事、住宅、企業活動、政治などと深く結び付いています。

制度を変えるということは、

「補助金を一つ廃止します」

という程度の話ではありません。

誰かにとっては、

「これまで当然だと思っていた権利や機会が失われる」

と感じる可能性があります。

一方で非ブミプトラ側には、

「同じ国民なのに、なぜ民族による違いが今も続くのか」

という疑問があります。

この二つを同時に解決しなければならない。

だから難しいのです。

「平等」と「公平」、そして「競争力」

第1話では、

「全員を同じように扱うことが、本当に公平なのか」

という話をしました。

しかし50年以上経った現在は、もう一つの問いも出てきます。

「保護を長く続けることは、本当にその人たちのためになるのか?」

です。

競争から守ることで成長できる場合もあります。

しかし保護が長く続けば、競争する力を弱めてしまう可能性もあります。

これはブミプトラ政策だけの話ではありません。

企業への補助金でも、産業保護でも、農業政策でも同じです。

支援は「助ける力」にもなれば、「依存させる力」にもなり得ます。

どこまで支援し、どこから競争に任せるのか。

その線引きは非常に難しい問題です。

マレーシアは今、「次の段階」にいるのかもしれない

世界銀行は、マレーシアが高所得国入りに近づいていると評価しています。

貧困は大きく減りました。

生活水準も上がりました。

教育を受ける人も増えました。

一方で、所得格差や社会的な上昇機会にはまだ課題があります。

つまり現在のマレーシアが向き合っているのは、

「貧しい国を豊かにする」

という段階から、

「豊かになった国の中で、どう公平な機会を作るか」

という、次の問題なのかもしれません。

1971年に作られた答えが、2020年代にもそのまま最適な答えなのか。

これはマレーシア自身が考え続けている問題です。

制度に守られてきた側からも聞こえる疑問

そして、ここからさらに興味深い話になります。

ブミプトラ政策への疑問は、中華系やインド系からだけ出ているわけではありません。

制度によって守られてきた側であるマレー系・ブミプトラの中にも、政策のあり方を見直すべきだという議論があります。

特に若い世代にとっては、

「保護されること」

「自分の実力で競争すること」

のどちらが自分たちの未来にとって良いのか、という問題でもあります。

もし支援するために作った制度が、いつの間にか挑戦する力を弱めているとしたら?

逆に、制度を急になくすことで、本当に支援を必要としている人まで取り残されたら?

簡単な答えはありません。

次回は、

「ブミプトラ側からも聞こえる『このままでいいのか』という声」

に焦点を当ててみたいと思います。

半世紀以上続いた政策を、現在の若いマレーシア人はどう見ているのでしょうか。

 


※本記事はマレーシアの社会・経済政策を日本人向けに紹介し、その背景を考えることを目的としています。特定の民族、政治勢力、政策を支持または批判することを目的としたものではありません。「ブミプトラ」はマレー系だけでなく、サバ・サラワクの先住民族なども含む概念であり、経済状況や政策への考え方も一様ではありません。

参考資料

  • Malaysia New Economic Policy(NEP)関連資料
  • Prime Minister’s Office of Malaysia「Kongres Ekonomi Bumiputera 2024」首相演説
  • World Bank / Ministry of Economy Malaysia「A Fresh Take on Reducing Inequality and Enhancing Mobility in Malaysia」
  • World Bank「The Interplay of Regional and Ethnic Inequalities in Malaysian Poverty Dynamics」
  • Federal Constitution of Malaysia, Article 153

 


この記事が、どこかで
「ためになるかもしれない」と思っていただけたら嬉しいです。

コメント