
マレーシアで暮らしたり、仕事をしたり、現地の人と付き合ったりしていると、日本人には少し理解しにくい制度や考え方に出会うことがあります。
そのひとつが、
「ブミプトラ政策」
です。
初めて聞いた日本人は、
「ブミプトラって何?」
と思うでしょう。
少し調べると、
「マレー系住民などを優遇する政策」
と説明されています。
すると今度は、
「同じマレーシア国民なのに、民族によって扱いが違っていいの?」
という疑問が出てきます。
日本で生まれ育った私たちには、なかなか理解しにくい制度です。
しかし、この政策を単純に「不公平な制度」とだけ考えてしまうと、マレーシアという国がなぜ現在の形になったのかを理解することができません。
今回は政策の良し悪しを論じるのではなく、
なぜブミプトラ政策が生まれ、どのような考え方で現在まで続いてきたのか。
日本人の感覚から少し距離を置いて見てみたいと思います。
そもそも「ブミプトラ」とは?
「Bumiputera(ブミプトラ)」は、マレー語で一般に「土地の子」「土着の民」という意味で使われます。
マレーシアでは主に、
- マレー系住民
- サバ州・サラワク州などの先住民族
- 半島部の先住民(オラン・アスリ)
などを指す言葉として使われています。
マレーシア連邦憲法153条では、マレー人およびサバ、サラワクの先住民の「特別な地位」を守ることが規定されており、公務員、奨学金、教育、許認可などについて一定の配慮を行う仕組みがあります。
つまりブミプトラ政策は、単なる行政上のキャンペーンではなく、マレーシアという国の成り立ちそのものと深く関係しています。
マレーシアは多民族国家
ブミプトラ政策を理解するには、まずマレーシアが多民族国家であることを知る必要があります。
大きく分けると、
- マレー系
- 中華系
- インド系
- サバ・サラワクなどの先住民族
などが暮らしています。
街を歩いていても、その多民族性はすぐに分かります。
モスクがあり、中国寺院があり、ヒンドゥー寺院がある。
マレー料理店の隣に中華料理店があり、その隣にインド料理店がある。
マレー語、英語、中国語、タミル語など、複数の言語が日常的に聞こえてきます。
この多民族性こそがマレーシアの大きな魅力でもあります。
しかし歴史を振り返ると、それぞれの民族が同じような経済的立場にあったわけではありませんでした。
英国植民地時代にできた経済構造
現在のマレーシア社会を理解するうえで、英国植民地時代の影響は非常に大きいと思います。
当時の経済では、民族ごとに異なる役割を担う傾向がありました。
中国系住民は商業や鉱業などの都市経済に多く関わり、インド系住民はゴム農園などで働き、マレー系住民の多くは農村部で農業や漁業に従事していました。
もちろんすべての人がこの分類に当てはまったわけではありません。
しかし、こうした社会構造が長く続いたことで、独立後も民族間の所得や資産、教育機会などに大きな差が残りました。
特に商業や企業活動では中華系住民の存在感が大きく、農村部を中心とするマレー系住民との経済格差が社会問題になっていきます。
1969年5月13日
そして1969年、マレーシアの歴史に大きな傷を残す出来事が起きます。
「5月13日事件」
と呼ばれる民族間の衝突です。
総選挙後の政治的緊張などを背景に、クアラルンプールで主にマレー系住民と中華系住民の間に深刻な衝突が発生し、多くの死傷者が出ました。
この事件は、経済格差と民族問題を切り離して考えることができないという現実をマレーシア社会に突きつけました。
政府にとって、
「民族間の経済格差を放置すれば、国家そのものが不安定になる」
という危機感が強まったと考えられます。
1971年、新経済政策(NEP)が始まる
その流れの中で1971年に導入されたのが、
New Economic Policy(NEP:新経済政策)
です。
大きな目的は二つありました。
ひとつは貧困の削減。
もうひとつは、民族と職業・経済的役割が強く結び付いた社会構造を変えていくことです。
ブミプトラの企業所有や教育、雇用などへの参加を増やし、民族間の経済格差を縮小しようとしました。
つまり、出発点だけを見ると、
「特定民族を得させるための制度」
というより、
「民族間の巨大な経済格差を縮め、社会を安定させるためのアファーマティブ・アクション」
だったと見る方が分かりやすいでしょう。
では、何が優遇されるのか?
日本人がブミプトラ政策を実感するのは、具体的な制度を知ったときでしょう。
たとえば教育。
公的な高等教育や大学進学につながる制度では、ブミプトラ向けの枠や制度が現在も存在します。
教育分野の民族別割当は長年議論の対象になっており、現在の大学入学制度を単純に「大学は○%がブミプトラ」と表現するのは正確ではありませんが、大学進学につながるマトリキュレーション制度などではブミプトラを大きく優先する仕組みがあります。
住宅についても、州によっては住宅開発の一定割合をブミプトラ向けに確保する制度や、ブミプトラ購入者向けの割引制度があります。
ビジネスの世界にも影響があります。
たとえばマレーシア証券委員会の現在のルールでは、一定の国内企業がBursa Malaysiaへ新規上場する際、発行済み株式の12.5%を政府が認定するブミプトラ投資家向けに割り当てることが求められます。
さらに政府調達や特定の許認可などでも、ブミプトラ企業を支援する仕組みがあります。
こうして見ると、
教育、住宅、企業、投資、行政。
ブミプトラ政策はマレーシア社会のかなり幅広い部分に関係していることが分かります。
日本人が一番戸惑うところ
ここまで説明すると、日本人の多くが同じ疑問を持つと思います。
「でも、同じ国民なんでしょう?」
そうなんです。
中華系マレーシア人も、インド系マレーシア人も、当然マレーシア国民です。
同じ国のパスポートを持ち、同じ国に税金を払い、同じ国で生活しています。
それでも制度によっては民族的な背景によって扱いが異なる。
日本では、そもそも国民をこのような民族区分で考える場面が少ないため、感覚的に理解するのが難しいのだと思います。
そして、この制度をめぐっては当然、マレーシア国内でもさまざまな意見があります。
非ブミプトラ側から公平性について疑問が出ることもあります。
一方で、
「地方や農村部には今も経済的に弱いブミプトラが多く、制度をなくせば格差が再び拡大する」
という考えもあります。
つまり、
「公平とは何か」
その答え自体が簡単ではありません。
「全員を同じに扱うこと」と「公平」は同じなのか
ここで少し考えてしまいます。
もしスタート地点に大きな差がある人たちを、今日から全員まったく同じ条件で競争させたら、それは本当に公平なのでしょうか。
逆に、過去の格差を修正するための優遇措置を何十年も続けたら、それはいつまで公平と言えるのでしょうか。
ブミプトラ政策の難しさは、まさにここにあるのだと思います。
導入された1970年代と、現在のマレーシアでは社会も経済も大きく変わりました。
中間所得層も増えました。
都市化も進みました。
世界で活躍するマレー系企業家や専門職も珍しくありません。
それでも、半世紀以上前に始まった仕組みの考え方は、現在のマレーシア社会にも強く残っています。
ブミプトラ政策を知らずにマレーシアは理解できない
私は、外国人である日本人が、
「この政策は正しい」
あるいは、
「間違っている」
と簡単に決めつける問題ではないと思っています。
マレーシアにはマレーシアの歴史があります。
植民地時代があり、民族間の経済格差があり、1969年の深刻な衝突がありました。
その歴史の中から現在の制度が生まれています。
ただし、一つだけ言えることがあります。
ブミプトラ政策を知らずに、現在のマレーシアを理解することは難しい。
教育の話。
住宅の話。
会社の話。
政治の話。
そして民族の話。
マレーシアについて少し深く知ろうとすると、どこかで必ずこの問題につながってきます。
では、なぜ50年以上も続いているのか?
そして、ここからがさらに興味深いところです。
NEPが始まったのは1971年。
すでに半世紀以上が経っています。
その間にマレーシアは大きく発展しました。
それなのに、なぜブミプトラを優遇する考え方は現在まで続いているのでしょうか。
そして現在のマレー系、中華系、インド系の人たちは、この制度をどのように見ているのでしょう。
実はブミプトラ側からも、
「このままでいいのだろうか」
という声があります。
次回は、ブミプトラ政策がなぜ50年以上続いてきたのか、そして現在のマレーシア社会でどのような議論が起きているのかを見てみたいと思います。
※本記事はマレーシアの社会制度を日本人向けに紹介することを目的としたもので、特定の民族・政治勢力・政策を支持または批判することを目的としていません。制度の内容は分野や州、時期によって異なる場合があります。
参考資料
- Federal Constitution of Malaysia, Article 153
- Malaysia New Economic Policy(NEP)関連資料
- Securities Commission Malaysia「Bumiputera Equity Requirement For Public Listed Companies」
- Free Malaysia Today「Explained: Malaysia’s quota system in higher education」
- Malaysian Bar:Bumiputera housing quotaに関する資料
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