
私たちは人類史上、最も大量の情報を保存できる時代に生きています。
しかし、それは「最も情報が残る時代」という意味なのでしょうか。
人類は昔から情報を残してきた
人間は昔から、自分たちの考えや出来事を何らかの形で後世に残してきました。
古いものを思い浮かべるだけでも、さまざまな記録媒体があります。
- 洞窟壁画
- 石碑・石板
- 粘土板
- 骨・甲骨
- 木簡・竹簡
- 金属板
- パピルス
- 羊皮紙
- 紙の巻物
- 書籍
そして現代になると、情報を保存する方法は急速に変化しました。
磁気テープ、フロッピーディスク、ハードディスク、光ディスク、MO、Zip、メモリーカード、USBメモリ、SSD。
そして現在は、クラウドへ。
こうして並べてみると、記録技術は確実に進歩しているように見えます。
しかし、ここで少し不思議なことに気付きます。
3000年前の石板は見える。でも30年前のFDは読めない
極端な比較をしてみます。
3000年前の石板。
発見すれば、少なくとも人間の目で見ることができます。
そこに書かれた文字を読めるか、言語を解読できるかという問題はあります。
それでも、
「ここには人間が何かを記録した」
ということは分かります。
では、30年ほど前のフロッピーディスクはどうでしょう。
目の前にFDがあっても、そこに何が記録されているのか、人間の目では分かりません。
まずフロッピーディスクドライブが必要です。
さらにデータを読み取るコンピューターが必要になります。
そして、無事にデータを取り出せたとしても安心できません。
そのファイルを開くことのできるソフトウェアが必要だからです。
3000年前の石板を見ることはできるのに、30年前のデジタルデータを見ることができない。
考えてみれば、不思議な話です。
デジタル情報は「媒体が残っている」だけでは読めない
紙に書かれた文章なら、紙が残っていて文字が判読できれば、人間は直接読むことができます。
しかしデジタル情報は違います。
情報を読むためには、いくつもの条件が必要になります。
- 記録媒体
- 読み取り装置
- 接続規格
- コンピューター
- OS
- ファイル形式
- 対応するアプリケーション
これらがそろって、初めて「保存されているデータ」が人間の読める情報になります。
たとえば昔のワープロ専用機で作った文書がFDに残っていたとします。
FDドライブを見つけてデータを取り出せても、そのファイル形式に対応するソフトがなければ読めないかもしれません。
つまりデジタルの世界では、
データが存在していることと、その情報を利用できることは同じではありません。
消えていった記録メディア
この数十年間だけでも、私たちは実に多くの記録媒体を使ってきました。
- 磁気テープ
- カセットテープ
- オープンリール
- VHS・ベータ
- フロッピーディスク
- Zip
- MO
- CD
- DVD
- Blu-ray
- メモリースティック
- SDカード
- USBメモリ
- HDD
- SSD
もちろん、現在も使われているものがあります。
しかし多くの記録媒体は、より小さく、より大容量で、より高速で、そして安価な新しい媒体に置き換えられてきました。
新しいものが便利になれば、古いものを使う人は減ります。
利用者が減れば、メーカーも製造しなくなります。
記録媒体だけではありません。
それを読み取るための機器も市場から姿を消していきます。
そして、こんなことが起こります。
「データは残っている。でも読む方法がない。」
クラウドですべて解決したのか
そこで現在、情報保存の中心になりつつあるのがクラウドです。
クラウドなら、利用者は「どのHDDにデータを保存したか」など考える必要がありません。
パソコンを買い替えても、スマートフォンを交換しても、ログインすれば同じデータにアクセスできます。
これは非常に便利です。
しかし、クラウドだからといって情報が物理的な記録媒体から解放されたわけではありません。
私たちから見えなくなっただけで、実際にはどこかのデータセンターにサーバーがあり、HDDやSSDなどにデータが記録されています。
つまりクラウドへの移行は、
「自分で記録媒体を管理する」ことから、「誰かに記録媒体の管理を任せる」ことへの変化
とも考えられます。
クラウドには「インターネット」という条件がある
そしてクラウドには、これまでとは違う大きな条件があります。
インターネットにつながることです。
クラウドに大切な書類がある。
写真がある。
メールがある。
予定表がある。
連絡先がある。
仕事の資料がある。
しかしインターネットにつながらない。
すると突然、
自分の情報なのに、自分で触れることができなくなります。
短時間の通信障害なら、復旧を待てばいいでしょう。
しかし大規模災害やインフラ障害ならどうでしょうか。
さらに長い時間軸で考えれば、クラウドサービスそのものが終了する可能性もあります。
運営会社がなくなることもある。
アカウントを失うこともある。
クラウドは便利ですが、決して「永遠に存在する場所」ではありません。
では、何に保存するのが正解なのか
ここまで考えると、一つの疑問にぶつかります。
結局、大切な情報は何に保存すればいいのでしょうか。
石なら長期間残る可能性があります。
しかし家族写真を何万枚も石に彫るわけにはいきません。
紙なら人間が直接読むことができます。
しかし火や水には弱い。
HDDは大容量ですが、故障することがあります。
SSDも永久に使えるわけではありません。
クラウドは便利ですが、通信環境やサービス提供者に依存します。
そう考えると、
「最強の記録媒体を一つ選ぶ」という考え方そのものに、答えがないのかもしれません。
「何に残すか」より「一つが消えても残るか」
大切なのは、どの媒体が最も優れているかを決めることではなく、
一つが失われても、別の方法で取り戻せるか
なのではないでしょうか。
たとえば重要なデータなら、
- パソコン本体
- 外付けHDDやSSD
- クラウド
など、複数の場所に保存する。
そして、インターネットが使えないときにも必要になる重要な情報は、紙でも残しておく。
契約情報や緊急時の連絡先などは、その一例でしょう。
デジタルとアナログのどちらか一方を選ぶのではなく、用途によって組み合わせる。
それが現実的な方法なのだと思います。
デジタル時代の保存とは「引っ越し続けること」なのかもしれない
そして長期間データを残すためには、もう一つ重要なことがあります。
新しい環境へ定期的に移行することです。
FDからHDDへ。
古いHDDから新しいHDDへ。
古いファイル形式から、現在広く使われている形式へ。
記録媒体やソフトウェアが使えるうちに、次の世代へ情報を移していく。
つまりデジタル時代の「保存」とは、
一度保存したら終わりではなく、情報を新しい時代へ引っ越しさせ続けること
なのかもしれません。
500年後、SSDと本が発見されたら
少し未来を想像してみましょう。
500年後の人たちが、私たちの時代の遺跡を発掘したとします。
そこからSSDが見つかった。
USBメモリも見つかった。
スマートフォンも見つかった。
大量の情報が入っているかもしれません。
しかし、それを読み取るための機器や接続方法、ファイル形式、暗号化方式などが分からなければ、中身を見ることができない可能性があります。
ところが、その横から一冊の本が出てきた。
本なら開けばいい。
たとえ文字を解読できなくても、
「これは人間が読むために作った情報だ」
ということは分かるでしょう。
石碑なら電源すら必要ありません。
情報技術がこれだけ進歩したのに、遠い未来から見れば、
「結局、石と紙は強かった」
ということになるのかもしれません。
人類は史上最も記録している。でも、それは未来に残るのか
そして、もう一つ考えてしまうことがあります。
私たちはおそらく、人類史上かつてないほど大量の情報を毎日生み出しています。
写真。
動画。
メール。
SNS。
ブログ。
仕事の文書。
チャット。
そしてAIとの会話。
しかし、
史上最も大量に情報を生み出している時代が、史上最も情報の残る時代になるとは限りません。
昔の写真なら、何十年後に押し入れからアルバムが出てくるかもしれません。
祖父母が書いた手紙が残っているかもしれません。
しかし今の写真はスマートフォンやクラウドの中です。
手紙はメールやメッセージになりました。
日記はSNSになりました。
本人が亡くなり、アカウントにアクセスできなくなったらどうなるのでしょう。
そして、そのサービス自体がなくなったら。
もしかすると21世紀は、
「人類史上もっとも大量に記録したのに、後世から見ると意外に記録が残っていない時代」
になる可能性さえあります。
私たちは情報を「残せるようになった」のだろうか
石や粘土に刻んでいた時代から、紙へ。
紙から磁気媒体へ。
磁気から光ディスクへ。
そして半導体、クラウドへ。
情報を保存する技術は、驚くほど進歩しました。
小さな媒体に、とてつもない量の情報を保存できるようになりました。
世界中のどこからでも、自分の情報にアクセスできるようにもなりました。
でも、もしインターネットにつながらなくなったら。
もし読み取る機器がなくなったら。
もしサービスそのものがなくなったら。
私たちは、自分が持っているはずの情報にさえ触れられなくなるかもしれません。
何千年も残った石碑。
数十年で読み取りが難しくなったデジタルデータ。
そう考えると、最後にこんな疑問が残ります。
果たして私たちは、情報を「残せるようになった」のでしょうか。
それとも――
ただ「たくさん保存できるようになった」だけなのでしょうか。
この記事が、どこかで
「ためになるかもしれない」と思っていただけたら嬉しいです。



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